| 鎌倉総合車両センター |
| 2004年9月18日に催されたJR東日本の鎌倉総合車両センター(の旧大船工場部分)一般公開に行ってまいりました。 先ずは、機械棟という建物の前に飾ってあったHM。綺麗さからいってレプリカでしょうが、ここで作られたものかな?「瀬戸」「出雲」というチョイスは、なかなかです。列車としては九州特急と比べるとマイナー系ですが、HMの美しさはこちらが上でしょう。特に「瀬戸」はロクゴに付いたHMとしてはもっとも美しいものと評価される場合もありますね。電車化が悔やまれます。 ![]() 廃車解体棟、アコモ棟という建物近くには、なんとナハネフ22!一輌まるまるです。もちろんピカピカという状態からは程遠いですが、決してボロボロではないようでした。普段は屋内保管なのでしょうか?今回もっとも感動した出会いかな?因みにナハネフ22の1でした。 ![]() ![]() これぞ20系のツラガマエ。丸く湾曲したパノラミックウィンドウは、半分は乗務員室のものでしたが、半分は乗客に解放されたちょっとした展望室。簡易イスがついていた程度と記憶してますが。 この20系の緩急車(手ブレーキがついてる客車=最後尾に付ける車輛と理解して下さい。「フ」は「ブ」レーキの「フ」)が何故ナハネフ2「2」なのか…。 もともと20系の緩急車は寝台ではなく座席車で、ナハフ20とナハフ21でした。ナハフ20はパノラミックウィンドウの丸妻2枚窓、ナハフ21は編成の解結に備えた貫通扉付きの切妻車でした。側窓は座席のピッチに合わせた小窓がズラリ。このナハフ20とナハフ21を、寝台車に改造したのがナハネフ20とナハネフ21で、窓割はそのまま室内は寝台車に改造されました。この後、新造寝台緩急車が作られ、ナハネフの20と21は前述の通り既に使われていたためナハネフ22になったというわけですね。因みに貫通扉付き新造寝台緩急車はナハネフ23です。こうして20系の北東側最後尾を締めくくる代表車はナハネフ22となって20系の顔となっていったわけで、そのトップナンバーがなんとまだ存在してたのです。 と、ナハネフ22に感動ばかりもしていられないので次に行きます^^;。偏狭者向けのハイライトがナハネフ22だとしても今回も一般来場者向けハイライトは車体棟でしょう。NEX(何系だかわからない-_-;)や103系、189系などが展示されていて、運転シュミレーションや実際の運転台体験などもできるようになっていました。こどもが小学生ぐらいなら並ぶのをガマンする価値があるのがわかりそうですが3歳ではまだムリなので並びモノは敬遠しました。 ![]() ![]() ここに何気に189系の台車が置いてあり… ![]() ここに台車から外された189系が馬(?)に乗っているのですが、実はこれらを使って車体カブセ実演が行われました。写真や映像では見たことはありますが、実際目の前で巨大な車体が吊り上げられ、寸分違わず台車に乗っかる様は迫力と緻密さが同居する素晴らしい実演でした。演出なのか台車の隣の車体をカブセたのではなく、ひとつ置いた向こうの車体をカブセてました。つまり吊り上げられた車体は、隣の車体を超えられる高さまで十分に上がってから横に移動し、台車の上まできて降ろされていくという動きです。こどもも多いに気に入っていました。単純でわかり易い貴重体験でした。 屋外では工事用などにも使われているような( ![]() この直線区間を一往復してくるだけのものなのですが、乗った子供達は楽しそうでした。やっぱり滅多に乗れないホンモノの業務用車輛ということが本能的にわかる?それにしてもこどもを乗せて安全に気を配りながら一日中ひたすらここを往復しているスタッフの方には頭が下がります。 車輛展示は、EH200と485系訓練車、183系でした。この展示のオタク度が低かったことが会場全体を健全な親子参加イベントの雰囲気に包んでいたことに貢献していたといっても過言ではないでしょう。こんなところにロクイチでも来ようものなら会場全体が殺気立っていたに違いありませんから^^;。状況を呑み込めない家族が楽しい記念撮影なんてしようものなら…「こっち向いて!はい、笑ってぇ」なんて30秒以上ロクイチの前にこどもを立たせようものなら…あぁ想像するだけで恐ろしいです^^;。 ![]() このクハ481はなんかヒゲが不自然なんですよね。…にしてもEH200はちょっと場違いな雰囲気が。 ![]() 現地でもらった案内図には183系って書いてありました。1500番台かな?綺麗でしたね。隣のボンネット型を181系に見たてると「とき」の1000番台って雰囲気^^;。 検査棟に飾ってあった車両。かつては103系の1200番台だった車輛でしょうか?成り立ちがよくわかりません。 ![]() ![]() 一番向こうには伊豆急の車輛が展示されています。こっちは103系かな。しかし案内図には101系って書いてあるんですよね。101系だったのかな?それともあの白と緑のが101系? ナハネフ22に次いで、ある建物のケースにこんなものが保存されているのも発見! ![]() ナロネ22。博多「あさかぜ」20系最後のときまで連結されていた、A寝台個室・開放室合造車です。14系・24系には開放室ロネしか誕生してこなかった個室寝台不遇の時代にオロネ25誕生まで、「A寝台個室」の存在を守り通した車両です。 20系A寝台車((旧)ニ等寝台車→(新)一等寝台車)には一人用二人用個室(コンパートメント)合造車ナロネ20と開放室(プルマン式)車ナロネ21がありましたが、「はやぶさ」「さくら」に増備されたとき「あさかぜ」ほどのとんでもない豪華編成を必要とはしなかったけど、個室寝台はやっぱり必要…というわけで造られたのがコンパートメント・プルマン合造車がナロネ22です。 時代は下って「とんでも豪華車」ナロネ20は廃車となり、個室を連結してるだけで超豪華という時代になり、その特権は「あさかぜ」だけに許されていまいた。オロネ25誕生前夜のころです。そのころ小学生の自分には「A寝台個室」という言葉は夢の世界の言葉にすら感じてました。ナロネ22の個室は確か6室、通路を挟んで両側に3室づつ。座席状態だと進行方向に並行に座り、背もたれの後ろの壁が倒れてベッドが出てくる構造で、寝台も進行方向に並行…寝台の設置解体には車掌補の作業が必ず必要とされていた…だったと思います。雑誌のルポの写真や解説イラストでしか知り得ない構造でした。博多「あさかぜ」が駅に到着したときなど、空室でカーテンが開いている部屋がないかどうかチェックしたものでした。それぐらい神秘の世界A寝台個室。 ナロネ22のナンバーが残っているとは…。欲を言えば一輌まるまる残っていて、あの神秘の世界に立ち入ることが出来たら…と思いますが、夢は永遠に夢のままで・・・。 というわけで、20系を懐かしむ会…ではなくて鎌倉総合車輛センター一般公開はこんな感じでした。ほかにも車輪抜き実演、こどもが乗れるミニ「スーパービュー踊り子」などもあって親子で楽しめるイベントでした。展示車輛のアクの弱さが成功の秘訣でしょう^^;。 |